読書コラム

もうすぐ、今年の本屋大賞の発表です


毎年、この時期になると本屋大賞のノミネートが出そろい、読書家の間で話題になります。

もちろん私も、歴史のある文学賞も気にはなりますね。

ただ、本屋大賞は、日々、読書家に向き合っている書店員の方々が選ばれている、という意味で、だいぶ趣が異なる感じがします。

 

昨年の本屋大賞は宮下奈都さんの『羊と鋼の森』が受賞しましたが、これに関して、私が思うところを少し述べさせてくださいね。
(このコラムでこの本をテーマにするのは3回連続ですね。恐縮です・笑)

本屋大賞を受賞した本は、その後、出版部数を大幅に伸ばすことで知られています。

『羊と鋼の森』も、初版の6500部から一気に50万部を超えて増版されました。

 

それだけ本屋大賞は注目される賞なのですが、その趣旨を考えると、多くの書店員の方が「この本を多くの方に読んで欲しい」という思いがそこに込められていると感じます。

 

最近、「本離れ」が懸念される声を耳にします(実際には、雑誌の発行部数が減ったことが大きいようですが)。そんな風潮の中、どうすれば出版業界が盛り上がるのかを、現場の書店員の方は日々の仕事の中で模索されているのではないでしょうか。

 

どんな業界でもそうだとは思いますが、既存の読書家だけでなく、まだ本に親しく触れていない方に読書への関心を寄せていただくこともまた、業界の今後を下支えする大切な要素です。

 

その視点に立つと、『羊と鋼の森』という本が大賞を受賞した要因を推し量ることができそうです。

 

この本は、主人公の青年が「調律師」という一つの道を模索する様子を追う「お仕事小説」ですが、社会人の入口に立つ青年の視点だけではなく、彼を見守る先輩や、仕事を通じて向き合う顧客から見える「ピアノとの様々な関係」から浮かぶ人生の機微など、様々な立場の読み手の方にとって共感することができる内容です。

 

その優しい筆致を含めて、より多くの方に読書の魅力を伝えることができる可能性が高いという意味で、『羊と鋼の森』はふさわしい本と言えるのかも知れませんね。

 

さて、4月に発表される今年の本屋大賞。私もワクワクしつつ待ちたいと思います。


本から響く、「音」の魅力


全国の書店員の方から熱い支持を受け、本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』(宮下奈都・著)。
詩の様な精緻な文章の行間からピアノの響きが感じられるような、独特の雰囲気がとても魅力的な作品です。

 

私も、読書会で何度も課題本に指定する程、魅了されている本ですが、これほど読み手の支持を集める魅力の根源は一体どこにあるのでしょうか。

この画像の、初版本の帯にもあるように、言葉だけでは表わし切れない「音」の情感を、読み手に感じさせるような「雰囲気」を演出する宮下さんの個性が色濃く感じられるところが、最も大きい要素であることは言うまでもないですね。

ただ、この要素がなぜ多くの人たちを魅了するのか、私なりにもう少し考察してみたいと思います。

絵本の話になるのですが、日本の臨床心理学の開祖、河合隼雄氏や児童文学家の松居直(ただし)氏などの共著、『絵本の力』 参考リンク には、子どもたちが楽しんでいる、絵本の絵や写真の世界への考察が綴られています。
木々の冬芽から「パッパッパッ」と葉や花が開く様子、そして、恐竜の世界の荒々しい火山から「ドーンドーン」と空気が震える様子を例に挙げて、河合氏は、子どもたちが絵や写真から「音」を感じ楽しんでいる、と述べられています。
(同書p15~)

そして、河合氏の文章を受ける形で、松居氏が、幼少の頃に親から絵本を読み聞かせてもらった経験を紹介されています。
大人の読み聞かせの中で、子どもたちは耳で言葉を聞き、目で絵本の挿絵を見るのではなく、絵の線や形や色から「絵を読む」というのです。
そして、同時に耳から言葉の世界を体験し、それが子供の中で一つになって「絵本の世界」ができるとしています。
それが子供にとってのほんとうの絵本の世界であって、静的な絵の世界にとどまらない、動的な生き生きとした絵本の本質を感じているとのことでした。
(同書p53~)

『羊と鋼の森』の中に随所にちりばめられた、「自由詩」のような部分(冒頭の『森の匂いがした。~』など)を「音」で追ってみると、「音楽」のように心に響いてくるような気がします。
(その文章を「朗読」してみると、絶妙なリズムを刻んでいるように感じられますね。)

ここから読み手の「五感」に響いてくるものが、私たちが幼少の頃の原体験である、絵本の読み聞かせにつながるような根源的な喜びを思い起こさせているのかも知れません。

過去に本屋大賞にノミネートされた宮下さんの著書、『誰かが足りない』 参考リンク では、複数の登場人物たちを魅了するレストラン「ハライ」が登場しますが、料理の具体的な描写はあまりありません。

しかし、「行間」から伝わる雰囲気だけで読み手に「ハライ」の魅力を連想させてしまうように、本に込められた「音」に対する読み手の「原体験」を巧みに刺激していると思われるところに、宮下さんの作品の魅力の一端がある気がしてなりません。


「情報」だけではない、読書会の「魅力」


皆さんは「読書会」というと、どんな印象を抱きますか?

私が主催している紹介型の会であれば、参加された方が持ち寄った様々な本を知り、興味を持てそうな本と出会える場所。
もしくは、自分が心に残る本を、他の方に知ってもらえる場所。

そんな風に思われていると思います。

 

日本の臨床心理学の開祖で、日本人独自の視点で心象風景を探る達人である河合隼雄さんの著書、
『河合隼雄の幸福論』(PHP研究所) 参考リンク の中に、作家の井上ひさしさんと河合氏が歓談された際の記述がありました。

演劇の場では、職業や年齢など、異なる人生経験のある人たちが一つの劇場に集まります。そこには、劇場全体に「不思議な一体感」が生まれることがある、と井上氏は語られています。

観客は、舞台上で表現される喜びや悲しみの感情を味わうのですが、そこで生まれた「心の揺れ」が舞台で演じる俳優にも伝わり、練習の時にはできなかったような「名演技」をすることにつながるというのです。
それがまた観客の感動を呼ぶ、という形で、劇場全体に「心の共振現象」のようなことが起こる、と河合氏は記しています。

そして、河合氏はこう続けます。

※ 以下引用 ※

『情報の伝達という点から言うと、私は井上さんからどのような「情報」を受け取ったのだろう。(中略)井上さんからわれわれが受けとめたものは、知識ではなく心の揺れである。』
(『河合隼雄の幸福論』 p26 何を伝えるのか より)

※ 引用終わり ※

読書会に参加して得られるものは、本の「情報」だけでなく、紹介する人がその本から感じた「心の揺れ」もあるかと思います。

河合氏は、演劇の聴衆の方がそれぞれ異なる受け止め方をしつつも、自分なりの「心の揺れ」を体験し、『よし、やるぞ』と感じられるような、多様な結果を生み出すところが素晴らしいと述べています。

読書会にも、単なる「本の情報」だけに留まらない、この本で河合氏が述べているような、『人間が生きてゆくのに、ほんとうに大切な「やるぞ!」というような心の動き』が生まれることがあると思っています。

そんな経験が、参加された方の読書ライフに、より多い実りをもたらしてくれるといいですね。